山曜日は山へ行こう!
西郷の戦越えせし可愛岳は巨岩巨石を越え山頂なり
期 日 平成18年12月30日(土) 晴れ 標 高 可愛岳 727.7m, 烏帽子岳(北川町)585m 登山口 可愛岳登山口(西郷資料館) 時 間 南尾根ルート登山口−60分−5合目広場−10分−水のみ場−45分−烏帽子岳分岐− 25分−可愛岳山頂 下山 可愛岳山頂−45分−烏帽子岳分岐−15分−烏帽子岳山頂−
25分−登山口鹿児島からのアクセス 鹿児島市−鹿児島IC−末吉IC−国道10号−都城IC−西都IC−県道24号−国道10号−北川町西郷隆盛宿営跡(登山口) 温 泉 門川町 <こころの杜>
年末の忙しい時ではあるが,山曜日の登り納めをしなくては落ち着かない。
年末の後始末と,天気の都合を見たら,今日しかないと決めてアクセスの比較的はっきりした可愛岳を目ざした。
登山口ははっきりしているのでと,安心して出発したが,今回も西郷宿営地跡への看板は見えたが,入る道路がはっきり見えず,後ろからの車に追われて,入口をはっきり見極めらず,通り過ぎるという時間のロスをした。
新しい土地は,いつもながら気を使う移動となった。
しかし,絶好の好天に恵まれ登り納めにふさわしい山曜日となった。
登山口となる,西郷隆盛宿営地は,西南戦争の折,薩軍が宿営した家等が保存され,資料館となっており,広い駐車場もある。 駐車場から,左側に可愛岳,右側に烏帽子岳が眺められる。 南ルートは,左の筋から入り民家の前を通り,登山道へ入っていく。 左側の尾根を登っていくのである。 |
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登山道には,<薩軍敗走路>の表示・・・西郷隆盛の指揮により可愛岳を越えて,官軍から逃れようと,村人の案内でこのルートで進んだのである。 <ばくと岩ピークー1,370米>など注目の地点には色々な表示がある。 杉や,雑木林の中を歩く。 登山道には,落ち葉が積み重なり,両側はつやつや緑のヘゴ〜ウラジロ・・・・・・ほとんどの山はスズタケが見られたが,ここでは全てへゴ。 正月用に自宅でも求めた〜あのウラジロである。 |
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両尾根が合わさる辺りにちょっとした広場があり,5合目の表示がある。 <ザレの頭>への道標もあり,そこを少し登ると,左手に<千畳覗>が観えてくる。 ここら辺りから,登山道はザレ場となり,大小のゴロゴロ石に気をつけながら,山肌の斜面を登っていく。 岩石が長い年月に細かく砕かれているのを実感する。 さらに,沢沿いに,高度を上げていく。 |
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小さなせせらぎの音が聞こえ,すぐに<水のみ場>である。標識が大きな岩にかけてある。 ここから右手に岩場を登るが,しっかりとロープが取り付けられており,安全である。 |
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やや傾斜のある登山道を登っていくと,烏帽子岳への分岐点に出る。 左〜可愛岳山頂と,右〜烏帽子岳への分岐点である。 |
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左を目指し,しばらく進むと<前屋敷>の案内板と出逢う。 石垣が積んである。 ここに,<千畳敷覗>への案内がある。 私達は,<山頂への近道>の案内板に誘われて,踏み跡のしっかりした近道を進んだ。 ここら辺りから,岩のゴツゴツした山となり,樹々も土でなく岩に根をまきつけて生きている。 時には,台風で大きな樹木も根っこが,岩から剥ぎ取られて倒れているものもある。 大自然の荒々しさを見る思いである。 |
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空に剣のような岩が見え, 「ここが山頂か」 と,登ってみると巨岩ピークであった。 しかし岩場から南面の絶好の眺望を楽しめた。 ここからさらに稜線を進むが,岩を越え,岩場をまき,コケも生え傾斜のある岩場を進んでいくのである。 山頂は,稜線の最先端にあり,進んでも進んでも最先端は先にある。 |
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最後の岩場をひと登りすると,そこに青空・・・・遠くまで見渡せる絶好の眺望が現れる。 山頂標識の後ろに大崩山山地が望め,西側には前に登った行縢山を間近にみることができる。 よく,目を凝らすと,北側遠くに富士山?・・・美しい形は・・富士山?・・・・ 「そんなはずはないでしょうが!」 「由布岳だ!」 その右には鶴見岳も見えるではないか。 南側には,尾鈴山東側には,日向灘に延岡の町が望める。 「きれいだー」 平成18年登山しめっくくりに最高の山曜日となった。 |
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1時間半ほどゆっくりとランチタイムや写真撮影等をし,烏帽子岳を目指す。 緩やかなアップダウンを繰り返し登山道も踏みしめられていて軽快に足が進む。 気分的にも楽である。 ルンルン気分でしばらく進むと,広場に出る。 ここから眺望も素晴らしく,西郷資料館等一帯の集落や河川が一望できる。 また,今登ってきた登山道の尾根や,今から下山する尾根もはっきり分かり,登山気分がさらに充実する。 |
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尾根に沿って岩場を下り,植林や雑木林にはいる。 ふかふか・・足にやさしい登山道を下山していくと,林道に出る。 林道を横切り,すぐ潅木の中をしばらく下るが,なかなか下山できない。 緩やかな下りのため,高度がなかなか下がらないのだ。 だんだん疲れも出て来た頃,やっと,神社が見えてきて,登山口への案内道標が見えてほっとする。 ここらあたりは,色々な歴史のいわれのある史跡が散在していた。 可愛山陵があり参拝も出来,一年登山納めを済ませたのである。 |